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誰かの場所の複数

残念な感じです

元少年Aにならなかった何者にもなれなかったおれたちへ告げる

 

ぼくの人から認められたい気持ちは、中学2年生のころから満たされていない。 だったら、ぼくもあの頃だれかをめちゃくちゃにして、10年間「治療」された末に過去の過ちを反省しているフリをして、「アート」として世に発表できたんじゃないか、そういう風に思うことは論理的に可能になってしまう。 でも、そんなことは絶対にない。ひと一人のちっぽけな大きな自尊心、承認欲求を満たすために、ひとつの命が損なわれてはならない。これは、自明のことだ。議論の余地はない。

ニートなりに「元少年A」を糾弾する - ひとつ恋でもしてみようか

 

読んだ。ということで、この辺りに絡めたいつもの自分語り。元少年Aについては、手記を読んだロマン優光のコラムが凄く良いので読めばいいと思います。おれは手記も文春の記事も読んでないです。おれと同年代の彼がおれに与えた影響、というものがあれとすれば、それは「大きな事件を起こせば世の中に自分の名前を残すことが出来るのだな」という考えを植え付けたことと、自分の中にある多少の暴力性に拍車をかけたということだと思います。バカですね。今から、本当に恥ずかしい過去を記します。なんでこんなことを書かなければいけないのかよくわからないけど、書いておかなければいけないような気がします。

唐突ですが皆さんは、カツアゲをされたことがありますか?おれは、あります。金銭では無く、強奪されたのはクソピエロチェーンこと、マクドナルドでしたが。

高校生の頃、土曜の授業を終えたおれは同級生数人と学校近辺の駅前にあったマクドナルドに昼食を買いに行きました。テイクアウトして、教室で漫画を読みながら友人と飯を食うことは、当時の楽しみの一つだったのです。おれたちが通っていた中高一貫の私立は、オフィス街のど真ん中にあったため、土日の日中はそれほど人気が多くありませんでした。学校へ戻る道すがら、目の前から歩いてきた、周辺では見慣れない、とび職のような風情の少年二人組が、おれたちに声をかけてきました。

「お腹すいてるからそれ頂戴」 とてもシンプルな要求でした。

今日から俺は!やカメレオンが大好きだったおれは虚勢を張って抵抗を示しましたが、一緒にいた同級生たちはおれの精一杯の粋がりに全く追従してくれなくて、数的にも優位だったのに素直にビッグマックセットやダブルチーズバーガーセットを渡してしまい、おれも喧嘩をするのが急に怖くなり、ちらちら見せつけられたタトゥーにもびびってしまって、そのままマクドナルドを差し出してしまいました。タトゥーを見せびらかした少年の、「パンピーのくせに粋がってんじゃねぇよ、喧嘩も出来ないくせに格好つけてるな」という言葉は、15、6年たった今もおれの耳にこびりついています。図星だったのです。危険を察知して、素直に一度の昼食を失った同級生たちの判断が正しく、おれだけが愚かでした。おれは愚かな上に卑怯なので、少年たちが去った後同級生たちをなじりました。裏切られたような気分になったのでしょうね。その後、おれは本当に痛い高校生になります。学校の図工室から金槌を盗み、登校鞄に常備するようになったのです。もしまたカツアゲをされたら、絶対に金槌で殴ってやろう、そう決めていました。高校を卒業するまでの間、カツアゲに合わなくて本当に良かったと思います。バカなりに追い詰められていて、ギリギリの精神状態でした。

なんで金槌を手にしたのか?それは、元少年Aが、連続殺傷事件で使用した凶器の一つが金槌だったことと、無関係では無いと思います。おれは、元少年Aの実名と顔写真が掲載されたフォーカスも、桜井亜美が同事件を元ネタにして書いた小説も発売されてすぐに読んでいました。性的嗜好について共感することは無かったけれど、「殺そうと思ったら人は人を殺すことが出来る」と言うことは、単純な衝撃をおれに与えました。「いざとなったら、ぶっ殺してやる」くらいの感覚は、たぶん当時は持っていたはずです。あんな普通の顔の少年が人を殺せたのだから、おれだって身に降りかかった火の粉を振り払うために金槌を振るうことくらいできるだろう、と考えていたのでしょう。元少年Aから受けた、多少の影響をそこに認めないわけにはいきません。そして、当時、鞄にバタフライナイフや金槌を鞄に忍ばせていて、「幸運にも」使うことが一度も無く大人になった人たちは、実は相当数いるのでは無いか、と思うのです。

今さらですが、この文章は、その無数のおれたちに向けて書かれています。

冒頭にリンクした、ニートの25歳の青年は、元少年Aが思春期に犯した償いきれない事件を利用して、今なお利益を得ようとしているのは、おかしいと訴えます。おれだって満たされないのに、お前が安全なポジションから満たされようとするその姿勢はおかしい、と。確かにそれはそうなのですが、実は、おれはこの言葉には完全に同意はしていません。元少年Aは、ロマン優光が書いたように、長い時間を経て「ただのつまらないサブカルさん」になりました。これはもう断言しますが、彼が「アーティスト」になることはありません。本当に人の心を打つ文章は、巧拙以前にその人のみぞおちで書かれているからです。先ほどから元少年AのHPを見ていますが、彼はもう「ただの本とアートが好きなつまんねぇその辺の兄ちゃん」にしか過ぎません。彼は、事件を経て、「何者でもないおれたちの同胞」になったのです。

気まぐれにおれは彼のブログにあった性格類推診断を受けました。結果は勿論彼と同じINFJ型です。気が合うみたいですね!

当たり前ですが、おれは、誰も殴ることも無く大人になることができました。32歳で、フリーターで、満たされているとは言えない生活を送っています。恋人もいないし、モテないし、太ってるし、喫煙者だし、酒と家系ラーメンと萌えアニメが大好きな、つまんないサブカル崩れのおっさんです。あの当時、ナイフや金槌を鞄に忍ばせていたあなたたちは、大多数がおれよりまっとうな社会生活を送っているでしょう。あなたたちは、あなたたちの努力を誇っても良いのだ、とおれは思います。何者にもなれなかったとしても、それは、絶対に尊く、素晴らしいのだと主張します。

皮肉なことに、元少年Aは、「何者で無くなくなった今」も、犯した罪によって、そうなることが許されていません。延々と、おきまりの承認欲求を満たすために生きざるを得なくなるのでしょう。老人になっても、彼は元少年Aのままなのですから、それは、多分メチャクチャしんどい生き方です。満たされることなんて、有り得ない。

 

そろそろおれはつまらない自分の生活に戻らなくてはいけません。このエントリ書くの苦しすぎて2時間もPCの前にいてしまったよ。飯食って、風呂入って、バイトをして、作業をします。なんかこう、きれいな言葉で締めたいなぁ、とか思ったので、大好きなエロゲ、俺たちに翼はないの王雀孫の言葉を引用して締めたことにします。もうこういうエントリ書きません。そんじゃいきますよ。

 

世界が平和でありますように。