読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

誰かの場所の複数

残念な感じです

監督失格を見た

今日はバイト。ねむい。新宿までの三ヶ月定期買ったせいで金欠に。バイトをするためにカネを払わなきゃ行けないって何なんだろう。

カネが無いので娯楽は飲酒と喫煙は別としてレンタルして映画を見るか図書館で本を借りるかブレスオブファイア5やるか(仕様が非ゲーマーのおれには極悪)アニメ見るかしかないのだけど、さのみ映画好きではないおれにしては珍しく、映画を見ようというテンションになることが増えて、劇場でオデッセイを見られない代わりにTSUTAYAに足繁く通ったりしている。で、監督失格を借りて見た。いきなりモテキの映像が流れて心へし折られそうになったけどな。以下雑感。バイト行かなきゃいけないのでさっくりと。

 

『こんな匂いさせてるんじゃダメだよ』林由美香の母親が放ったこの言葉に、ぼくは「ああ、やっぱり人間は死ぬと腐乱臭を放つのだな」という、ごく当たり前の感慨を抱いた。部屋に踏み込む前、由美香のマンションの新聞入れをのぞき込んでいた平野監督は、飼い犬の姿を認めるとともに、部屋の匂いをかぎ取ろうとする。かつての恋人であり、至上の被写体であった女性の身に起きた出来事を想起させる匂いが鼻をよぎったのだろうか。遺体を発見した後の平野は、状況の異常さを考えれば冷静にすら見える。人に触れられて嬉しいのだろうか、マンションの壁に背中を預けて、携帯を片手に親族にパニックを隠しきれずに泣き叫びながら報告をする母親に子犬がじゃれつく。映画は映像の羅列を観測する娯楽なのだけど、目の前に流れる映像は、圧倒的なリアリティを放っているようにも、作り事のようにも見える。カメラは、由美香の部屋の入り口と短い廊下を写すだけで、インナーサークルのバンドのように、遺体を写すことは無い。ぼくたちの目には、林由美香の死は写らない。ただ、周囲の反応がそのことを事実だと突きつけてくる。町山智浩の言う、ミューズの死がそこにはある。現場に駆けつけて無きむせぶカンパニー松尾の声、アスファルトを濡らす梅雨の雨、何処かのドラキュラの台詞では無いが、「死の匂い」が画面いっぱいに充満している。

こんな物を見てもいいのか。こんな映像を出すことは許されているのか。

ぼくはこの映画を見ながら、後半はずっと泣きっぱなしだったのだけど、何に感動したのか、今でもさっぱりわからないでいる。そもそも感動をしたのかもよくわからない。

凄まじい映画だった。

あと、弟子二号のカリヤって少女単体の人だよね。2000年代前半の小劇場界の観客としてそこはニヤリとした。30代前半の平野監督がAKIRAのTシャツ着てたりしたのもポイント高し。