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誰かの場所の複数

残念な感じです

祖母が死んだ

先週の土曜日に3年間生活を一緒にしていた父方の祖母が死にました。オールドスクールな日本人が死んだときにやる諸々は終わったので、あとは収束していくだけなのですけど、葬式にまつわるあれこれを久しぶりに経験して、人がひとり死ぬという事は、大変な事なんだなという実感だけがおれに残っています。

葬式は祖母の長年の生活の基盤であった長野で行ったため、遺体を含めての移動や親族との連携で緊張の連続でした。

昨日おれが手伝えるところまではだいたい手伝ったな、と思えた瞬間に気が抜けて一気に体調が悪くなってしまって、今夜からバイト復帰だってのに熱を出して布団の中でくるまりながらこのエントリを書いています。

おれは子どもの頃から亡くなった祖母の事も10年前に死んだ祖父の事も苦手で、肉親らしい愛情を抱けたことが一度もありません。

頭を撫でて貰った事も無ければ、好意を示して貰うような言葉をかけてもらった事も無く、年に数回会わなければいけない存在でしかありませんでしたし、祖父の陰で我慢だけをしている人という印象しか持てませんでした。

祖父が死んでからは一人暮らしをしていたのですが、3年ほど前に倒れてから呆けてしまい一人で暮らすことが出来なくなって一緒に暮らすようになりました。

祖母と暮らすようになってから、挨拶をしたり一緒に食事をしたりする事を「仕事」として捉えていたので、ストレスを感じた事はありません。

ここ1年くらいは時間の概念を喪失し出していて、おれが夜勤に行こうとすると、デイケアの時間と勘違いをして、玄関の前で佇んでいたりすることが増えました。

呼吸の苦しさを訴え、3日程度の入退院を繰り返すようになりました。

年明けにショートステイ先で転んで恥骨を折ってしまい、治療の為の入院中に元々悪かった肺を一気に悪くして、「もしかしたら危ない」と言われてから10日ほどで祖母はこの世を去りました。86歳だったので、日本の平均寿命通りに生きた事になります。

祖母と直接血の繋がっていない母親がおむつを替えたりしている姿を見て、「これが続いたらどうなってしまうんだろう」と暗澹たる気分を抱えていたので、介護地獄を両親に味あわせる前に死んでくれたのかな、と愛のない孫であるおれは都合よく解釈をしています。

結局祖母がどういう人だったかはわからないし、これからわかることも無いと思います。愛してあげなきゃいけないなと思っていたのに、おれの心は最後まで仕事をしてくれませんでした。

おれが失業保険を貰って酒を呑みながら暮らしていたころに一度だけ、長野の家で祖母と二人きりで夜を過ごしたことがありました。おれが食事の用意をして、二人だけでご飯を食べて、テレビを見て、会話をしたはずなのに、何を話したかまるで覚えていません。祖母とのどの思い出を思い返してみても、おれの内面に愛情が産まれることは無くて、倦怠感を覚えるだけです。

バイトも2日休んだし、出費も嵩んですっからかんです。おれは自分の生活と体調を立て直さなければいけません。

夜勤までたくさん寝ます。疲れたよおれは。本当に。