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誰かの場所の複数

残念な感じです

嘘をつく、という習性について

インターネット、というか、Twitterの観測範囲内で虚言癖がある(のだと思う)人が虚言を激詰めされて姿を消した案件を確認して思うことがあったので書いておく。その人について書くことは何も無い。自分語りにしか興味ないのでそれしからやらない。

おれはものすごくよく嘘をつく人間だ。今は大夫寛解したと信じたいけれど、10代後半から20代中盤くらいまでは「虚言癖」そのものだったし、その嘘の矛盾を人に詰められて困難に陥ったことも1度や2度では無い。

症状が深刻だった頃に自分がついてきた嘘は、異性関係に関する物が殆どで、実際にその頃おれのせいで迷惑がかかった人はたくさんいるし、具体的な事は露悪癖のあるおれでも書くとキツいので書きたくない。というか、ついてきた嘘を一つ一つ把握をしていない。嘘に嘘を重ねるから、どこからが嘘だったかわからなくなっている。知ってる人は詰めないで欲しい。詰められたら、泣いてしまうしか方法が無い。泣いても許されないんだけど。

思い返せば、子供の頃から、おれは嘘つきだった。後天的に嘘つきになる奴は、そんなにいないと思う。

親に嘘をつき、先生に嘘をつき、同級生に嘘をつき、ありとあらゆる人に嘘をついてきた。虚言癖と言って差し支えない域に達したのは10代の中盤くらいで、最も深刻だったのが19歳の頃だ。20代中盤の頃にパチンコで借金が嵩んで、奨学金を含めて500万近い借金が出来てフリーターになったくらいから、嘘をついている余裕が無くなった、というか、自分と向き合わざるを得なくなって、嘘をつく局面自体が減っていった。

それでも、人間自体が変わったわけでは無い。おれは自分がどういう人間かよく知っている。おれは、自分の事を良く見せようとしたり、その場を取り繕うために、嘘を平気でつける人間だ。ついていて楽しいわけでは無い。そういう風に出来てしまっている。

この文章を書くことが、何かの免罪符になるわけでは無い。露悪趣味だし、露悪趣味の人間に良くありがちな事として、露悪に見せかけた自己肯定だと言われてもその通りです、としか言いようがない。何のためにこんな事を書くのかと言えば、自分がどういう人間かを忘れないためだけだ。泡沫ブログかつ、Twitterのフォロワー30以下の人間がこんな事を書いても自意識過剰なだけだが、おれも同じようなことをやりかねない。自分のやってきた事は、忘れようたって忘れらない。

嘘に嘘を重ねて生きていて、喜びが得られるはずが無い。嘘つきだってそれくらいはわかっている。それでも嘘つきは嘘をつく。嘘をつく人間は、その場を綺麗に取り繕うためにはあらゆる嘘をつくし、矛盾を突かれれば自分を被害者に仕立て上げて、他人を攻撃することを厭わない。局面が詰まれば、投了を告げずに盤面をひっくり返して、姿を消して、また対局が出来る日を待つ。それを何度も何度も繰り返して生きていく。こういう人は世の中にたくさんいる。

何度でも書く。おれは嘘つきだ。でも、そうやって生きていって死にたくは無い。もう33歳だ。この年まで何一つ努力しないままフリーターをやっている時点で終わってるのに、これ以上自分を追い詰めるのは嫌だ。

喜びの多い日を過ごそう。嘘をつかない方が、その日は増える。それが本当の事だと信じてる。