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誰かの場所の複数

残念な感じです

りゅうおうのおしごと!3巻について

読んだのは相当前で、今は4巻の発売前なのですが、書きたくなったので書きます。

 

老三段、という言葉をご存じでしょうか。ご存知であれば某まとめサイトの閲覧者です。意地の悪い将棋ファンが、20歳を何年か過ぎた奨励会三段勢を指していて、非常にマイナーな言葉なのですが、インパクトが強すぎて私の心に刺さって取れてくれません。田中ロミオの「人は25歳を過ぎたらオッサン」説を支持する私でも、その年齢の人々を老いている、と表現するのは憚られるものがあるのですが、将棋のプロを目指す人たちにとって、それほど年齢が大きな問題である、ということがよく分かる言葉です。歳を取れば取るだけ、可能性は目減りしていくし、ファンの期待値も下がります。タイトルを取るようなプロの殆どは20歳までにはデビューを決めていて、実績を見ても、若くしてプロになった者ほど活躍をする、というのが事実です。現在王位戦羽生善治三冠相手にタイトルに王手をかけている木村一基八段は23歳でのプロデビューを果たした苦労人で、木村八段がタイトルを取れば、プロデビューの年齢=実績、という構図に一つの楔が打たれるはず(木村八段はタイトル挑戦多数、A級在位4期の大棋士なのですが)なので、私を含んだおじさんの将棋ファンは木村八段の悲願の初タイトルを祈っているわけです。長州力がかつて「俺の人生にも、一日くらいこんな日があってもいいだろう」と語ったような瞬間が、木村八段にも訪れて欲しい。それは、報われぬ暮らしをする人間達の一種の祈りのようなものです。まぁ冷静に考えると長州も若い頃はオリンピック・アスリートだし、木村八段も超凄い人だし何言ってんだよって感じなんですけど、それはまぁ置いといてくれ。兎に角、将棋の世界と年齢の相関関係は深い、という事です。で、りゅうおうのおしごと!について。

 

りゅうおうのおしごと!は1巻から年齢と才能、という問題に言及しています。

メインヒロインの雛鶴あいは1巻の時点で9歳ですが、この時点で「トップを目指して将棋を始めるには歳を取りすぎている」と作中で明記されている程です。始めるには早ければ早いほど良い。私は30歳になった頃に将棋の駒の動かし方を覚えて3年くらい経つわけですけど、棋力は未だに低級です。正直に書きますが、「ガキの頃に覚えてさえいえれば低級って事は無かっただろうに」とぶち切れながらスマホやマウスをぶん投げた事は一度や二度ではありません。事実かどうかは知りませんが、渡辺明竜王のお父様は、30過ぎから将棋を始めてアマチュア高段者になられたという情報をネットで見たこともあるので、年齢など言い訳に過ぎない、と言うこともあるんですけど、将棋を覚えて打ち込むのが早ければ早いほど良いのはアマチュアだって変わりが無いわけです。

 

りゅうおうのおしごと!3巻の主役、清滝桂香は25歳の時点で研修会C2に在籍しています。これは、将棋の世界では「生きるか死ぬか」の瀬戸際に経たされている、という事を意味しますし、2巻ではキッチリ敗北フラグを立てていました。以下は2巻の感想なので、興味がある人は読んでみてください。

 

chaosnote.hatenablog.com

 

もうネタバレも何も無い段階なので書きますが、清滝桂香は師匠であり父親の九段棋士に、「今日の研修会で降級点を消せなければ研修会を退会する」と告げ、盤外戦術まで繰り広げて、必死に勝ちをもぎ取りに行き、メインヒロインに負けます。投了を告げるまでの心の動きの筆致が素晴らしいので、買って読んでくれとしか言いようが無いんですけど、おれが事前に予想していた「負けて退会」というルートには入らなかったようで、ここは作者のちゃんと最後には女流棋士にしますよ、というサーヴィス精神が見えました。ああ、この人はキャラクターを愛しているんだな、というのが読んでいたおれの感想です。

作中で、清滝桂香が子供の頃に思い描いていた「都合の良い未来」が彼女の視座で語られるシーンがあります。「先生と呼ばれたり」「タイトルとか取っちゃったりして」等々。誰しもが自分を特別だと思えていた子供時代の夢が剥き出される痛みに身もだえながら、最強伝説黒沢という漫画のあるシーンを私は思い出していました。

中年が子供の頃に見ていた奇跡のような未来を告白するあのシーン。怠け者が起こるはずの無い物語の欠片を吐露するあの恥ずかしにも似た痛みを、本作からも感じていたのです。そしてそれを曝け出す勇気に、感動してしまいました。

私は、フロイド・メイウェザーでも、ボビー・フィッシャーでも、羽生善治でもありません。勿論、ヒョードルドストエフスキーでも、チャールズ・ブコウスキーでも中島らもでも無く、私自身でしか無いわけです。報われぬ人生を送りすぎているから、少しでもマシな自分を想像することは辛くて、偉大な人物の物語に自分を託すことによって、精神の安寧を得ようとする癖が私にはあります。弱くて、怠惰だからです。

清滝桂香は私ほどでは勿論無いですが、少しだけ弱くて、少しだけ怠惰です。それは、何処にでもいる「普通の人」でもあります。煌びやかな才能に囲まれながら普通の人でいられるタフさは全然普通じゃ無いんですが、彼女が作中のどの登場人物よりも、将棋の可能性が閉ざされている、という事は事実です。女流のプロになれたとしても、インターネットの住人から棋譜を揶揄され、ルックスだけが持てはやされるのは確実でしょう。なんせ、インターネットの住人の中には、彼女より強いアマチュアが確実にいるのですから。プレイヤーとしての彼女の未来は、そこまで明るくはありません。それでも、彼女は「将棋が好き」という気持ちを表明して、将棋と関わってい生きていくという事を表明して、りゅうおうのおしごと!3巻は終わります。その覚悟の深さに自らを「恥ずかしい」と感じたのですが、全然生活は改善してないし、私はもう駄目ですね。何度でも書きますけど、りゅうおうのおしごと!は傑作です。売れろもっと。

 

清滝桂香のこれからを、私は応援しています。

 

14歳2ヶ月の史上最年少棋士藤井聡太四段誕生の日に。