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誰かの場所の複数

残念な感じです

セカイ、金髪、ぼく。『きんいろモザイクPretty Days』雑感

新宿バルト9で朝一番の回の『きんいろモザイクPretty Days』を鑑賞。上映終了後トイレの個室に駆け込みひとしきり泣き、ロビーに流れる次回上映のアナウンスを聞きつけるや否や、条件反射のようにチケットを買い求めて、連続鑑賞を果たした。映画の価格が1200円と安めのためか財布の紐が緩み、二時間弱の間に映画館のビールを二杯飲み下して(ぼく以外にアルコールを手にしている客はいなかったと思う)都合3600円の出費になったが、金色のひかりに包まれ、同色のエチルをきこしめした結果、脳みそが大変幸せな思いをしたので後悔は無い。上映時間は50分。劇場映画と言うよりも、OVAの劇場公開と言った方がスケール的には正しいのだろう。

本作はコミックスの5巻の書き下ろしエピソードをベースに、同巻に収録された学園祭での演劇上映をクライマックスとする構成となっている。

全員にフォーカスを当てるのでは無く、小路綾を明確に主役に据えて、彼女の視線で物語を動かす、という大胆な*1作劇方法を採用したが、結果として、この選択は大正解だったように思う。

各キャラクターのファンに配慮して、それぞれにサービスシーンを振りまく作劇も出来たはずなのだが、物語の芯をひとりの少女の目線に託し、忍・陽子・綾の関係性を「受験勉強」という普遍的な問題を取り扱う事によって、「きんモザ/Zero」として描き、現在の5にんぐみの関係性に肉付けをし、彼女たちの「これから」に思いを馳せることが出来る。エモいの一言だ。

原作という正典に記されたわずか3コマに15分近い時間をつぎ込んだ、アニメ制作陣の時間と視線の取り扱い方の絶妙さが、本作でも小気味よく炸裂している。

アニメきんいろモザイクのコードを作った綾奈ゆにこが個人ブログのインタビューで答えたように、きんいろモザイクは「異文化交流」モノでは無い。アリス・カータレットも九条カレンも金髪で、国籍が違うだけの普通の少女に過ぎない。徹頭徹尾なかよし5にんぐみと、その周辺のコミュニケーションを優しく映し出す「日常系」のアニメーションだ。ぼくが何年も眺めてきた彼女たちのたった一つの大切な日々は、「ふたりずつ」の関係を「みんな」の関係に接続した小路綾の選択が無ければ実現しなかったのだ。

登場人物達が、相互の友情の質量の差異や、身分の違いを意識する*2シーンが挟まれることは原作でもあるが、原作でも触れられていないエピソードに踏み込んで、彼女たちの関係を拡張してぼくに見せてくれた製作陣の仕事は最高だった。改めて謝辞を捧げたい。本当にありがとう。

現在休業中の種田梨沙さんのお芝居を良い音響で目撃出来る、と言う意味でも貴重な映像であり、可愛い少女達の日常を眺めることが好きであれば、間違いなく劇場に足を運ぶ価値があり、そんなもん観てられねぇよとかいう人であっても、「幼馴染みでも金髪でも無いことに悩む」という奇っ怪な少女の言動を楽しく眺めることが出来るはずだ。

エンディングに、スクリーンに映し出された「See you」ということばの力を、ぼくはずっと信じている。三期は、あってくれないと困るんだ。

 

2016年 11月28日 今更追加きんいろと出会う前、という事を(忍とアリスが出会う以前)と書いていたんですが、受験勉強よりも前に忍は留学しているわけで、何言ってんのお前感半端ないので修正した。忘れてたわけじゃないんだ(言い訳)

愛するコンテンツだっていうのに、適当なこと書いて申し訳ありませんでした。

*1:金髪少女二人の台詞と比較して、日本人三人組の台詞量がかなり多い

*2:6にんめのメンバーこと松原穂乃花のカレンへの態度など