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誰かの場所の複数

残念な感じです

ぼくが如何にして虐殺器官公開初日を過ごしたか

2月3日に映画、虐殺器官を新宿TOHOシネマズで観てきた。

始めに断っておきたいのは、このエントリは映画についてのレビューでは無く(それっぽいこと書くかもしれないけど)、タイトルの通り、おれの日常の備忘録に過ぎないので、レビューっぽい物を読みたい人は別のブログを読んだ方がいいという事だ。

劇場版ハーモニー、所謂劇モニーからどれくらいの時間が経ったのだろうか。ついに、この日がやって来てしまった。「出来ればお蔵入りして欲しかった」とマイナスな感情を向ける者もいたのだろうが(おれとか)、おれが時間が自由になるフリーターである以上、観ない訳にはいかないので、2月2日の夜半にウェブで最速回のチケットを買い求め、朝の7時前に家を出た。そんな時間に家を出るというのは、常に無いことであり、おれは通勤電車に乗ると異常に疲弊するという持病の持ち主なので、新宿駅に到着する頃には心身に異常を来し、不快感を紛らわすために駅のコンビニで発泡酒を買い求めて、駅構内で一気に飲み下した。

おれは実際の所、さのみ酒に強くない人間であるため、1本の発泡酒で覿面に気持ちが良くなってしまい、よせば良いのに、その足で西武新宿駅脇にある、一軒目酒場になだれ込んでしまった。

いわし明太やもやし炒めをつまみに、ビールをウィスキーと混ぜた飲み物を煽り始めたのだけど、1日前から禁煙を始めたことも手伝って、インターバルを喫煙で取るということが出来ずに、常より急ピッチでアルコールをきこしめしてしまい、大分酔っ払ってTOHOシネマズに足を踏み入れた。

当然、金曜日の朝の映画館に酔客などいないのだが、おれはアルコールを追加することしか考えられず、850円もするビールへの悪態をTwitterで呟きまくりながらも買い求めてしまい、足をよろめかせながら席に向かい、上映を待った。

映画が始まってから数十分は、「もしかしたらこれは観られる作品なのかもしれない」とか「あれ、わりと戦闘格好良いじゃん」とか、そういうことを考えていたのだと思う。その後すぐに「吐いてしまったらどうしよう」という不安が頭によぎるくらいには酩酊してしまい、ビールを飲みきれなかったら勿体ないな・・・とスクリーンとカップホルダーに視線を行き来させているうちに、何分か、何十分かはわからないけれど、寝てしまっていた。具体的に言えば、チェコでのジョン・ポールとの邂逅で意識が途絶えて、気がついたときはインドで戦闘が始まっていた。

だから、おれは映画を最初から最後まで、きちんと観たわけでは無い。その間に、観ていない何かがある以上、映画を評する資格は本来おれには無い。

それでも、おれはどれだけ酒に酔っていても、映画館で映画を観ている間に、寝たことなど今までの人生の中で、1度くらいしか無いのだ、という事は書いておきたい。

ラヴィスが叫び(叫ぶはずなど無いのに)、EGOISTの音楽が流れ、劇場に明かりが付いた頃、おれは「母親への言及はあったのだろうか」という事を一瞬考えて、おれが寝ていた何分か何十分かではそれが言及されていないことを確信して、全部見てもいないのにTwitterに悪口を書き出した。

映画は人物を観るモノでもテーマを観るモノでも無くて、映像の連なりを観測すると言うことだけだ、みたいなことを、伊藤計劃は書いていたはずだなのだけど、おれには、どうしても目の前で繰り広げられた映像の連なりが「虐殺器官」には思えなかった。

この映像は、おれが読んだ「虐殺器官」では無い、という事実を、狭量さなのか感性の鈍さなのかは分からないけれど、受け入れることは出来ない、という子どものような我が儘な感情だけが自分を包んでいたし、その気分を抱えたまま、編集プロダクションに勤めているライターの後輩に「観てきたけど観なくていいぞ」とLINEでメッセージを送り、誰も見ていないTwitterで映画を罵倒して、家に帰って酒を呑んで寝た。

起きた時にまだ酒は相当に残っていて、二日酔いのまま夜勤におもむき、休憩中に思いのままに小説虐殺感のページをひもとき、少しだけ心が和らいだような気分を味わいながら、仮眠をして、バイトを終わらせて、家に帰って酒を呑んで、この文章を書いた。

 

これはぼくの物語か?

全部観るために、もう一度観に行きます。全部素面で見て気が向いたら、感想を書くかもしれないです。