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誰かの場所の複数

残念な感じです

そうだ、円盤を買うオタクになろう。

自分語りです。

昨日、Twitterを眺めていたらフォローしている人のTLが熱くなっていた。

 

wasasula.hatenablog.com

 

 

件のエントリは端的に言えばコンテンツへの愛の話しなのだけど、読んでいて、かなり刺さった。何故かと言えば、おれがアニメの円盤を殆ど持っていないからだ。

手持ちの円盤は、劇場版の作品に限定がされていて、TVシリーズの作品を購入したことは今までに一度も無かった。

 

これには、様々な理由があるのだけど、主な理由を述べれば以下の4点だろうか。

・おれにはそもそも蒐集欲求が薄い(モノに対しての執着が薄い)

・ケチなので、アーカイヴで安価で観られるなら、それでいいと思っていた

・キャストコメンタリーという文化に興味を持ちたくないし、なるべく声優さんのお姿を拝見したくない

・年収が非常に低いフリーターなので、可処分所得を円盤に割かなかった

 

こんな所だろうか、一つずつ説明をしていきたい。

 

まず、おれはガキの頃から非常に蒐集欲求に乏しい人間だった。服や靴やグッズやCDやレコードやトレカなどもそうだし、1番カネをかけている書籍ですら「読めれば何でも構わない」というタイプの人間で、この辺りが自分を「オタクモノ」として見做せない大きな原因だったりもする。割安な電子書籍に移行できないのは、デバイスとしての書籍が中々に優秀だからだとしか言いようが無い。電子書籍で済ませられるなら済ませたいというのが本音だし、おれの部屋は本以外はさほどモノが無い。小説家の西村賢太の日記を見て非常に驚いたのは、西村の丁寧な書籍の扱い方だ。書籍というメディアへの愛が、あの私小説の源泉になっていることは間違いが無い。翻っておれはと言えば、帯どころかカバーを取ってしまう事もかなりあるし、寝っ転がりながら本を読むことも多く、カネに困って漫画を売るときなどは、まんだらけの店員に「タイトルは良いのに状態が・・・」と閉口されたことも一度や二度では無い。こんな人間に、コレクターとしての資質があるはずもないのだ。

 

次に、おれはかなり率直に言って吝嗇な人間だ。奢り癖があったり、博打狂いであったりする反面、去年購入したモノの中で最も高価なのが、1万円弱で購入できるニューバランスのスニーカーだ、という事でお察し頂けるかと思う。4320円でアーヴィン・ウェルシュの本を買ったときは、「こんな高い本二度と買うか」などと思ったものだ。

話しをアニメに移そう。おれはAmazonプライム会員で有り、とバンダイチャンネルの有料会員なので、二つのサービスにカネを落としている。ニコニコ動画にも年末まで、毎月固定費を支払っていたのだから、ウェブサービスにはそこそこカネを払ってはいて、ニコニコや、バンダイチャンネルでお気に入りのアニメを購入をすることもわりとあった。ガンダムOVAバンダイチャンネルでカネを払わないと見られないのに、プライムビデオで普通に見られたりするのはどうかと思うのだが。

ウェブサービスでのアニメの購入が、どれくらい制作陣に寄与するのか、ということは、おれには全く分からないのだけど、金銭の支払いがある以上(おれが数回課金をした、ニコ動のふらいんぐうぃっちの全話パックはだいたい1500円くらいで買っている)は、全くのゼロ、ということは無いはずだ。

円盤を買うことが、アニメに対しての一番の応援になる事くらいは知っている。なので、そこに対してはおれがアニメ視聴者になった2010年から常に葛藤は持っていた。ウェブでの購入は、円盤を買うほどでは無いにせよ、好きなアニメに少しは貢献をしているんだ、という言い訳を心に施す為には好都合だったのだ。モノが残らない、というのも気楽で、おれのような人間には好都合だった。

 

 

で、円盤の特典でよくある、キャストコメンタリーや声優さんのお姿拝見文化について。

これは、一言で言えば、おれが声優という仕事を単純に「職能」として捉える人間でいたい、というそれだけのことだ。例えばおれはきんいろモザイクが凄く好きなんだけど、CDを購入した時に特典でついていたMVは1度も見たことが無いし、声優ユニットの誰が誰かをわからないくらいの立ち位置でいたい、というのが本音だ。まぁ現代においては中々難しいのだけど。ちなみにTrySailは未だに誰が誰かわかんないので、そのままでいたい。これは、おれが90年代後半の文化放送アニラジによって「教育」された名残と(緒方恵美久川綾はわりかしオタにキツめの当たりをかましていた)、おれ自身が気持ち悪い声オタになってしまう可能性が非常に高いってことと、日大の演劇科出身であり、売れない声優のやってるバイトの筆頭格として知られる、コールセンターという業界で働き続けて、微妙に声優とニアミスをしてきた人生経験のせいだろう。

声優になりたくてもなれなかった人も、口だけで何もしなかった人も、驚くくらい売れた人も、なれたけどバイトをしないと喰えない人も、人気が出そうで出なかった人も、沢山見てきた。

こういう人生経験が無かったら、クリスマス声優スレッドに何かを書くような人間になっていた可能性は全然あるし、むしろ地としてはそっちに近い。

円盤を買うようなオタクは、声優さんのファンだって沢山いるし、キャストコメンタリーや映像特典の文化を否定するつもりは毛頭無いが、おれにとっては正直、アニメを楽しむためのノイズになってしまう。例を一つあげれば、『たまこラブストーリーの』の円盤をおれは持っているのだけど、山田尚子や竹田明代のスタッフコメンタリーは何度も聞いたが、キャストコメンタリーは数分聞いて聞くのを辞めてしまった。

これは完全に言い訳なのだが、スタッフコメンタリーの割合がもっと高ければ、円盤を買っていたかもしれない、というアニメはいくつもあった。

 

最後にさくっと、おれの可処分所得について。おれは34歳になろうとする大人にしては相当に貧乏だ。去年の年収は250万くらいだけど、バイト先から交通費は出ないし月の手取りで言えば、15万強というのがリアルなところだろう。おれは吝嗇でありながら飲み食いに金をかける人間で、酒が入るとカネの使い方が極端にだらしなくなる。老齢の両親と弟と寄り合って暮らしていて、相当の世話をしては貰っているが、一応月々6万円は親にカネを渡していて、奨学金の返済が月に1万5千円ある、ということで可処分所得が察せられるだろう。勿論、おれ以下の可処分所得でアニメの円盤をせっせと買っているオタクは沢山いるだろうから、これは言い訳でしか無い。ただ、おれはなんだかんだで書籍を月に1万円以上は購入しているので、円盤を買うくらいなら書籍を買いたい、というのが正直なところだった。

 

ここまでが、おれが「円盤を買わなかった理由」であり、つまり全部、金があるのに、理屈を付けてコンテンツに金を落とさない連中の言い訳である。

 

で、ここからが本題。長ぇよ!

 

ここまでぐだぐだ書いたけれど、本当はこれが全部「言い訳」だって事はおれもよくわかっていた。これでおれはいいのか?という葛藤は、ずっと持っていたのだ。

のめりこむくらい好きなアニメを、買える程度には金があるくせに、買わなくても良いのだろうか、という自問自答。「買えなかった」のでは無くて、「買わなかった」という事実。おれは今、『ふらいんぐうぃっち』という作品が凄く好きなのだけど、二期を望むのであれば、円盤を買うのが一番なのに、言い訳だけして、買わなくても良いのか、このままアニメに金を落とさない気持ち悪いおじさんになっていっていいのか。

それは嫌だ。

おれは、あのアニメの「続き」が見たい。続きが実現したときはおれが落とした金が、一助になったという勘違いをしたいし、実現しなかったときは、後ろめたさを少しでも排除したい。ファンだ、と胸を張って言いたい。

そう思ったときに、おれは衝動的に消費行動に走った。テンションが上がりすぎて、こんなツイートを残すくらいには熱くなっていた。

 

 

人生で、初めておれはアニメのTVシリーズの円盤を購入した。正直に言えば、カートに商品を入れて、決済をするとき、「来月の支払いどうしよう、2月はバイトそんなに入れないのに」という気分になったことは事実だが、たかだか6K、パチ屋にいれば30分で溶ける金額なのだ。

何故5巻から買ったか、と言えば、特典にスタッフインタビュー集が付いていたからで、あの「日常の魔法」をどう作り上げたか、という事を知りたいと思ったからだ。今、手元にあるスタッフインタビュー集を開きながらこのエントリを書いているのだけど、確かな充足感を感じる。おれがこのどうしょうもない人生で生んだ金銭が、あの世界の源泉になる可能性があるのなら、悪くは無いのではないか、という気分だ。

揃えるまでに時間はかかるかもしれないけれど、1年かけてでも円盤を揃えたいな、と思っている。

今後、他にも円盤を買う作品が出てくるかどうかはわからない。だけど、本当に、心から好きだ、と思える作品に出会えたら、月末に震えながらも、決済のボタンを押せるような、そんなオタクになりたいとおれは初めて思えたのだ。

おれのアニメとの向き合い方を変えてくれた、インターネットの、めんどくさい歳若いオタク達に、感謝を捧げます。

 

ありがとうございました。今後も色々教えてください。