誰かの場所の複数

残念な感じです

年の瀬のリハビリ中断

二ヶ月以上放置していた弊ブログの日平均PVも一桁まで落ち込み、もはや誰も見ていないのは明白なのですが、文章を書くという事から離れてしまって久しいので、何かを書こうと思います。

身辺に不幸な出来事が続いていたんですけど、処理をしなければいけないことが多くて落ち込んでいる暇も無かったというのが正直な気持ちです。

悲しみに浸る間もない、というのはそれはそれで良かったのかもしれません。

身辺が落ち着くまでにはあと半年くらいはかかるはずです。

9月からワナビー活動は完全に止まりましたし、10日前後で何も考えずに書き殴っただけの投稿作は一次予選すらかすりませんでした。

現実の出来事に翻弄されるだけの日々が続き、小説を読むことすら出来なくなりました。文字を追うことが出来ないし、物語を脳内で組み立てることが困難な状況が続きました。

布団にくるまってiPhoneSEの小さなディスプレイで『ブレンド・S』を再生しては5分くらいで視聴を辞めて一回脳内で情報を処理して続きを見る、という不毛な日々を連続していたら、2017年も残り僅かになってしまいました。

この二日三日でようやく小説を少し読むことが出来るようになりました。とても嬉しかったです。まだ楽しむには至りませんが、消費の感覚、というものが戻ってきてくれたらよいなと思っています。

小説を書いて、投稿するという自分のやるべき事を取り戻したい、と考えています。身辺が落ち着くまで停滞していたら、次の投稿作を書き終わる頃、35歳になってしまいますからね。アラフォー。完全な高齢ワナビです。

病を目の当たりにした今、思うことがあります。

おれは『癌エヴォ』の奥山貴宏(大学の先輩でもあります)や伊藤計劃のブログのファンなのですが、闘病の中でもフィクションを消費し、ユーモアに満ちた文章を書き続け、『面白くて売り物になる』作品を産み落とした生き方に改めて畏怖の念を抱きました。

自分自身の身体は健康に機能しているのに、病に苦しんでいる人間が身辺にいるというだけで何も出来なくなってしまったおれがシリアスな病気を経験したら、厭世的に振る舞うだけなのではないか、と想像してしまいます。

人生は追い詰められまくって、手遅れになってしまいました。正社員になることはもう出来ないでしょう。

先日耶蘇様の生誕記念祭がありましたが、おれが女性と最後にデートをしたのは5年前の生誕祭ですし、セカンド童貞歴も6年目に突入をしてしまいました。

子どもどころか、彼女が欲しいという気持ちすら喪失しました。

年収は247万円。昨年よりも10万円落ちました。辛いか? と聞かれれば辛いです。300万くらい稼ぎたいですよ普通に。

 

とは言え、まぁ、大体はOKです。おれはこうやって誰も読まない文章を書くことが好きです。人様に読んで貰える文章を書けるようになる事を、まだ諦めてはいません。

フィクションを消費して、モノを感じて、文章を書く。面白くても面白くなくても、それが出来るって事は、まぁまぁ悪くない状況なんじゃ無いでしょうか。

 

ぜったいに死にたくねえな。マジで。まぁいつかは死ぬんですけど、どうにか楽しくしていく気はまだあるみたいです。

往生際が悪いんだよおれは。