誰かの場所の複数

残念な感じです

実は小説を書きたくないという事実とどう向き合うか問題

夜勤明けにiPhoneSEからこのエントリを打っています。おれは今、GA文庫大賞への投稿に向けてテキストデータ作成に取り組んでいます。投稿出来れば、9ヶ月ぶりの投稿、ということになります。書き始めたのは今月の10日を過ぎてからで進捗は現在84000文字。原稿用紙換算で210枚、というところでしょうか。12万文字を超えるテキストデータを作って投稿することが出来なければ筆を折ると決めています。これは自分に課した締め切りだからです。去年からおれはワナビーを始めて、予選通過率3分の1の悲しい筆力なのですが、書き始めて半年経ってから家庭環境が大変なことになってしまって、折れてしまいました。で、今回は生活が漸く落ち着いてからの復帰戦ということになります。

公募用の小説を書くのは、少なくとも今のおれにとって、愉快なことではありません。根本的には非常に苦しいです。

それはなぜか、ということを言えば、まあ本当のところはおれは小説なんて書きたくないからなんだろうな、と思います。下読みさん以外には誰の目にも触れない報われるあてのない公募作を書くの、結構大変です。今日の夜勤中に声優の同僚から「いいよねワナビはやりたいやりたいなりたいって言ってればよくて契約の事とか仕事の面子とか気にしないで特権的に生きてられんだもん。要するにやりたくないのにやりたいって言ってるだけなんでしょ」と言われました。

その言葉をおれに向けて言った彼とは基本的にはとても仲が良いし、単純に色々と疲れていたから口をついてしまった言葉なんでしょう。おれも疲れていたので、その通りだなーつって頷いて、言い返したりはしなかったんですが、内心は結構傷ついていました。人は図星を突かれると傷つくか怒る。小説を書くことが好きなら、もっと準備に真剣になれるし、楽しんで書けるし、毎日向き合えるはずです。書きたいなーつって小説講座に通っても、自動的に原稿は生成されません。自分でやらないと、何も手に入らない。

ライトノベルの新人賞は20歳くらいの若者が賞をさっくり取ったり、とかが当たり前の世界です。初めて書いた作品が書籍になったりもよくある。33歳から始めて800枚近くの投稿データを作って、一作しか一次予選を通過していないおれは、明らかに才能がありません。才能がないなら、自分に向き合い努力をするべきなのに、まあだいぶ逃げている。なぜ逃げるか、と言えば「本当はおれは小説なんて書きたくない」という本音にたどり着くからなんでしょう。おれ程度の投稿回数と実績で諦めるライトノベル作家志望者はザラにいるはずです。結局おれは、自分の下手さや怠惰さを言い訳にただひたすらに甘えているにすぎません。こんな人間に、ライトノベルのミューズが微笑むはずがない。おれがワナビの世界から消えても誰も困らない。

本当は書きたくないおれが、何故書こうとしているか、ということについては自分でもよくわかりません。まあ、書きたくないという事実を抱えているからってその事実通りに過ごさなくてもいいってだけじゃないでしょうか。俺には俺の人生をドブに捨てる権利がある。まあとっくにドブに沈んでんだけどな。

捻くれたんだよな、昔っから。

つーことで書きたくないけど辞めません。辞めてたまるか。許可はスティーブン・キングの「書くことについて」に貰ってる。

ワナビをめぐる冒険ってのは、中々面白いものですね。気合いと根性出して脱稿してワナビに戻ります。書き上がると超嬉しいし。