誰かの場所の複数

残念な感じです

弛緩した日々と次回投稿作に向けての意気込みと棒に振った人生を悔やむ

投稿してから2日経過しました。おれは月の半分夜勤をやって生計を立てているんですけど、この2日でだいぶ寝たし、夜勤も幸い暇だったのでぼーっとした時間を過ごすことが出来ました。次回投稿作は8月末のファンタジア大賞です。

賞レースに4本作品を投げて1次落ち2回2次落ち1回という悲しい結果なので、現実として自分の書いているものがエンターテイメント小説としての形が出来ていないのだな、ということを認めないと先に進めません。まぁアレですよね、「雑魚いオッサンワナビ」ってやつですね。

人間というのは非常に悲しいモノで、「せめて2次落ち作品が3次落ちだったら格好付くのに」みたいなことを思ってしまう訳なんですが、1次で落ちようが3次で落ちようが世に出なければ賞レースでは負けなので、最後に勝てばいいやくらいに思わないとやっていけないです。とは言え、あと3ヶ月で35歳になる完璧なオッサンからすると、あんまり悠長なことを言ってる暇は無い。新人賞受賞作品との彼我の差、相当あるなというのが自己認識なんですけど、どうやったら埋まるのかはちょっとよくわかんねえので、書くしかないなーという感じです。

おれはインターネットで「ラノベ作家になりたい」と公言している人のブログ見たりするのが好きなんですけど(いい趣味とは言えないと思う)結構10何年書いてる同年代と思われる人が多くて、ああこの人達は書いていておれは何もしなかったんだなと過去を悔やむことはやっぱり多いです。

おれは2006年から2017年までの時間、人生を完全に棒に振りました。

23歳から34歳までの、人生で1番いい時間を何もせずに過ごしてしまった。

勿論、おれなりに生きることには必死でした。社会に端っこでバイトして生きていただけですが、自業自得で抱えた借金(パチンコですけどね)の精算に追われていたし、そもそも世の中に適合することすらだいぶ危うかった。

漸く小説(のようなもの)を書けるようになったと思ったら父親が死んでしまって、住宅ローンをフリーターの身分で抱えてしまいました。どうなってんだこの国おれに数千万も貸しやがって(貸してくれてありがとう)

おれの人生はまぁだいぶ終わってる、と言えます。生きる社会問題か?

人生経験が創作に反映されるなんて言葉をはおれは信じていません。創作は創作で人生は人生だと思います。たくさん書けたはずの時間を棒に振ってしまったという絶望感は大きいです。流石に22歳くらいから書けてれば今よりマシだったないう確信はある。まぁ22歳から書けてないのでそれは言い訳なんですが、どうしても、戻らない日々の事は想ってしまうんですよ。

今日が一番若い日、と言う言葉を飲み込めるほど、過去との折り合いがついていないのかもしれないですね。こうやって愚痴を書いている間にも、余命は減っていくのですが、中々割り切れるものではないです。

世の中愚痴を言ってても誰も助けてくれないので、自分でどうにかするしかないんですけどね。それが理解出来るまでに35年かかるんだから、おれってやっぱりバカみたいです。

面白いモノが書きたいですね。今後もブログは出来るだけ更新していく予定です。