誰かの場所の複数

残念な感じです

書く気のない人間が12万語のテキストデータを作る為の冴えないやり方っていうか自分語り

一度下書きに戻したエントリなのですが、もう一度あげます。

あと、自分語りです。創作論とかでは無いです。

この前、ツイッタでこんなツイが流れてきておれはめっちゃ感動してしまいました。

 

「小説書けない才能無いって嘆いている人に言いたいけど私は46歳になって初めて二次創作出来るようになったし50になろうとする今オンリーでイベント参加企んでる。10代20代の貴方は46になった頃めっちゃ書けるようになってるから」

 

元ツイは結構RTされてるので探せばすぐ出てくると思うんですが、ああおれこの人の気持ちめっちゃわかるー! てなったんすよ。

んで、「書けない書けない」つってる人が書けるようになるのは、いいなーと思います。おれも書けなかった頃よりも今のおれの方が好きですからね。

ガキの頃から小説書いてみたいなーとか、本読むのが好きって自覚あれば誰しもが思う気がするんですよね。ご多分に漏れずおれだってそうでしたし。

だけど、おれが「終わりから始まりがある小説のテキストデータ」を書けたのって、33歳の時なんですよ。それまでにも演劇用の戯曲を書いたこととかはあるので、一応の経験はあるという事にしても、ほんとフィクション作れない人だったんですね。

所謂二次創作、SSも出来ない人間でした。一時期小説を書くことを諦めて、SSを趣味にして生きていこう、みたいなことを思ってたんですよ。いやこれ嘘だな。一次創作は出来ないからまずは二次から、みたいな考えだったと思います。

で、書けなかった。2枚も書けなかったと思います。凄く好きな作品が元ネタで、サントラまでかけて気分をセッティングしたのに書けなかった。

酒を飲んでも書けなかったし、ブロンを囓っても書けませんでした。当然煙草を吸っても書けないし、何をしても書けない。おれは絵心を母体に置き忘れた人間なので、漫画が書けないというのはまだわかるんすよ。でも、「出来」というものをすっ飛ばせば、小説(のようなもの)なんて誰にでも書けると思ってましたから、書けないのはすごくつらかったですね。正直このまま「書けないまま死ぬんだな」って諦めてました。

書けるようになった理由は、多分、「諦めきったから」だと思います。

もう少し詳しく書けば、「自分は本当は書きたくない」ということを認めて、「書きたい」という気持ちを諦めたからです。そうしたら、なんかよくわからんけど公募の下限くらいは書けた。

精神論みたいな事を書くけど、書き上げてしまったら、読んだ時に「大したもんじゃない」って事を知るのが怖いんすよ。書かなければ自分の無能さに気がつかないで済みますからね。傷つかないでいいなら、誰もが傷つきたくはない。公募に投げれば落とされるし、誰かが褒めてくれるわけでもない。新人賞の公募作を書くことで承認欲求が満たされることはまぁ無いです。達成感がそこそこあるだけで、小説を書くことによって救われる事もない。書けない人が何故書けないか、おれにはわかります。「本当は書く気がないから」です。これはディスじゃないですよ。マジでそうだとおれ自身の人生経験から断言できます。おれが人生の中で何百回「今回こそは書く」と心に決めて、テキストエディタを立ち上げて、50文字くらい書いては消して酒に逃げてを繰り返してきたか。伊達に35年も「書きたがり」やってません。「やりたいと言ってやらない」人がどういう人かを、おれは知っています。

「書かずにいられない」人間はそんなことを気にするまでもなく書きますからね。アマチュアの投稿サイトを見れば、そういう人たちがたくさんいます。金にならなくても、大量にフィクションを書き続けている人が、この世界にはたくさんいる。

おれは「書かずにはいられない」人間ではありません。そういう人間だったらハタチくらいから投稿してますよ。なろうになんかあげたりもしてるはずです。してないって事は書かなくても生きてける人間だし、実際おれだって今「書きたいのか」って問われれば別に書きたくないです。6億政府が支給してくれれば毎日寝て暮らせるのに、政府がケチだから一縷の望みを書けて小説書いてるだけです。で、一次ですでに2回落ちてるし。二次落ち1回したし。フ○ック。

じゃあ「書きたいって言ってるだけで本当は書きたくない人間」がどうやったら書けるようになるかって事なんすけど、それはもう「諦めて」「気合いと根性出す」だけなんじゃないでしょうか。

おれが小説を書かなくても誰も困らない。書く必要もない。世界は何も変わらない。むしろ、おれは「書かない方がいい」のかもしれません。

おれが書かなければ下読みは貴重な人生における労力を割かずに済むし、おれが上手くなってしまったら志望者のライバルは1人減る。誰1人困らない。おれ以外は。

多分それは、99パーセントくらいの小説を書きたくても書けない人もそうなんだ、と思います。

これはライフハックとか創作論じゃなくて、おれがどうやって諦めていったかって話しなんですけど、「小説の書き方」みたいなのはすげぇググりました。ハウツー本みたいなのも正直言うと結構読みました。まぁ読めて書ければ苦労しないのですが、なにがしかの役に立っているのだとは思います。

ライトノベル作家榊一郎先生が震災前後にツイにポストしてた「成功体験を小刻みに分ける」ってやつや、以下の2つのブログなんかはすげえ読んでましたね。

tokimaki.hatenablog.com

 

modernclothes24music.hatenablog.com

 

どちらのエントリも「ああわかるなー」という感じでした。

物語を紡いでみたい、という妄想を持っている人間にとって、「自分は本当は書きたくなんかない」って認めるのは、結構しんどいんですよ。少なくともおれは苦しかったです。「おれなら何か書けるんじゃないか」って妄想はうだつのあがらない人生を送ってきたおれにとって希望でしたからね。でもそれって、書いてしまったら自分の実力が自分で分かってしまうわけですし、公募なら予選で、ネット投稿サイトならPVでなにがしかの結果が待ち受けているわけです。で、当たり前だけどたいていは報われない。

現実に直面しないで済むにはどうすればいいか、答えは一つです。

「一生小説を書かない」

これだけやってれば、JKローリングや東野圭吾になれる可能性を常にキープしたまま死ぬことが出来ます。おれはその状態のまま33歳まで生きてしまいましたからね。バカなんでしょうねすごく。

今思っているのは、「12万語のテキストデータはキーボードが打てて文字が認識できる人であれば誰にでも作れる」って事です。ある程度の根気はいります。めんどくさいです。でも、根気さえあれば正直小学生でも作れます。

書きたいという気持ちが嘘であることを認めたら、結構楽だと思います。少なくとも、おれは楽でした。だいたい33歳だか4歳まで何もしてねえやつが「本気出したらすごかった」なんてのはあり得ないわけですからね。

「書きたい」って言ってるだけで書く気がないおれみたいな人間、世の中にはたくさん居ます。その人に向けてではなくて、過去の自分に向けて書きます。冴えないやり方ですが、確実に書けるようになります。

諦めろ。お前には書きたいモノも伝えたいモノも何もない。お前が書く必要はない。お前よりも書ける人間は同世代に何百万といるし、下にも上にももっといる。お前は本当「書きたくない」という事を受け入れていないだけだ。書きたくない自分を受け入れてしまったら、書きたいと思っていた自分の気持ちが嘘になってしまうから、受け入れられないだけだ。書きたいという気持ちを嘘にしてしまうのが怖いだけだ。悔しいと思えば書いてみろ。書けなかったんだろ? 書きたかったら書いてるのに、何故お前はこれだけ莫大な時間を消費したんだ? 書きかけの完成しない小説はいったいいくつある?

本当は、「書きたくないし書く気もない」という事を認めてしまえ。約束する、そうすれば書けるようになる。認めて、諦めた先に、希望のようなものはあるから。

 

おれはもっと早く、これを受け入れたかったな、と思います。受け入れられたら20歳くらいから書けてたんじゃないすかね。で、受け入れたらあとは気合いと根性出したら書けるんで、そんな感じでおれは今後もやっていく予定です。