誰かの場所の複数

残念な感じです

読書雑感と3年間くらい本が読めなかった頃の話し。

連休だったのでだいたい本を読んでいた。2日で読んだ本を記す。敬称略で、読書順。

殊能将之ハサミ男

東山彰良『流』

碧野圭『駒子さんは出世なんてしたくなかった』

藤沢周平『隠し剣 孤影抄』

吉川英治三国志 群星の巻』

全部とても楽しく読んだが、特筆したいのは『流』だった。東山彰良ブコウスキーのファン、という事で読む前から好感を持っていた(おれがブコウスキー大好きだから)と言うことを差し引いても、生涯読んでいきたいと思える1冊だった。追っていこうと思う。

上記の本を崩した後、漫画『恋と嘘』と『通常攻撃が全体攻撃で2回攻撃のお母さんは好きですか?』を読み始めた。おれはいくつかの本を平行して読む癖があるのだけど、ここから投稿作の完成までは基本的にライトノベルとボラーニョの『2666』しか読まない予定。ライトノベルは新人賞受賞作と10年以上前の作品を交互に読む、という読み方をしている。

1日に3冊4冊読みつづける、みたいな荒技はおれには無理で、資料を読む速度などは上げないと話しにならない気がする。基本的に読書速度はそんなに早くないのだが、ここのところはある程度早くなったと思う。生きている間に、あとどれくらい本を読めるだろうか、という事は考える。

人から「読書家」と言われて、はにかみつつも喜んだ経験を持つ人間は多いと思う。おれもよく喜んでいる。でも、おれは本当に全然読書家じゃない。

おれは22歳から25歳くらいまでの3年間、殆ど本を読めないという状態に陥ったいた。博打と酒とその他諸々で脳みそがおかしいことになっていたからだ。

読めたのはトルストイの『光あるうち光の中を歩め』だけだったと思う。薄かったからなアレ。あと、すごくキリスト教に惹きつけられている時期だったというのがある。でも、基本的には小説を読めないどころか、漫画すら厳しい、という状態にまで脳が退化していた。

おれは一種の失読状態に陥っていたわけだ。

Twitterでは何度も書いているけど、おれを小説の世界に引き戻してくれたのは、江古田のブックオフで立ち読みをしたライトノベルの『ゼロの使い魔』だ。表紙のルイズが可愛くて、「ガキの頃ラノベ読んでたからイケルかも」と思い手を伸ばしたことで、読書の喜びをもう一度味わうことができるようになった。一応書くけど、後年結構定価で買ったから立ち読みの罪は赦してくれ。

友人知人に「小説を書くようになって投稿を始めた」と公言をしているのだけど、だいたい皆半笑いで「純文?」と聞いてくるので、ラノベと返すと驚かれる。「そもそも読んでたっけ?」とか言われる。「純文一発逆転妄想野郎」扱いを友人にまでされていたのかよおれは。されてたんだろうな。悲しいかな事実だし、そんな痛い奴と友だちでいてくれてありがとうなお前ら感もあるのでまぁいいや。

本を読むことが出来ない人間に1冊の本を読破するという喜びを与えてくれたライトノベルというジャンルに抱いている敬意はガチだし、生きている間はずっと読んでいきたいな、と思っている。デビューできれば最高だが、まぁそれは結果なので、どーなるかは今はわからん。少なくとも、まだ戦うつもりでいる。